ウズベキスタンの旅② 迷子・オアシス・悠久の砦

2025年10月、中央アジアの国、ウズベキスタンの旅について記録しています。

ウズベキスタンの首都・タシケントに到着したのは、予定より一時間以上遅れた深夜。
そのため安全を優先して、まだ不慣れなYandex go(ロシア語圏のUberのようなアプリ)ではなく、割高にはなるものの、空港の公式タクシーを利用しました。

夜中の街をタクシーが疾走し、24時前ぎりぎりに宿へたどり着きました。

中庭がとても素敵な、家族経営の小さな宿。
旅の初日を、安心して迎えられる場所があるというだけで、ほっとします。

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中庭が素敵なタシケントの宿


翌朝。
夕方の国内線フライトまで時間があったので、来週訪れる予定の場所の下見しておこうと思い立ちました。

Yandex goを使って向かったものの、場所がわからない。
地図では近くに着いているのに、建物の入り口が見つからないんです。

通りかかった警備員さんが、いろいろ聞いてくれたのですが、どうやらお互いの言葉がかみ合っていなくて、「ここを回れ」とジェスチャーされてその通りに行ってみても、またわからない。

結局、近くまで行けたけれど、
「ここで合っているのかな…」という確信が持てないまま。

来週、本当にたどり着けるのか少し不安になりました。

気づけばチェックアウトの時間が迫り、あわてて宿に戻ることに。
再びYandexを呼ぶも、今度は停車場所をうまく指定できずドライバーさんとすれ違いを繰り返し…。

はじめての国で“移動する”ということに慣れるにはトライ&エラーが必要ですね。

午後は気を取り直して、市内を散策。
チョルスーバザールは、独特の匂いと熱気でむんむんとしていて、お肉を解体する職人さんの包丁さばきが見事でした。

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迫力のチョルスーバザール
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リズミカルにお肉を解体する職人さん

タシケントの地下鉄は、天井の装飾が美しく、まるで宮殿のよう。

一方で、旧ソ連時代の車両がまだ走っていて、そのギャップが何とも言えず味わい深いです。

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美しい地下鉄駅

そして、タシケントシティモールへ行くと、今度はまるで東京のような大都会。

ひとつの街の中に、こんなにも違う顔があることに驚かされます。

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洗練されたタシケントシティモール

最後は再びYandex go。
今度はシティモールの近くの警備員さんに「ここで待てばいい?」とロシア語アプリで確認して、ようやくスムーズに乗車できました。

ドライバーさんはとても感じがよく、お菓子をくれたり、充電をさせてくれたり、翻訳アプリで片言の会話をしたり。

最後には一緒に写真を撮って、心ばかりのチップをお渡ししました。

言葉は通じなくても、ちゃんと心は通じる。そんな瞬間が、一番旅をしていると感じます。

ただ、この日はもう冷や汗ものの出来事が。
信号のない道路を渡ろうとして、途中で立ち止まったら、後ろの車が前の車に追突しそうになって…。

ほんの一瞬、自分の動きが交通の流れを乱してしまったんです。
「道を渡る文化に慣れるのも大切」と痛感しました。

初日から、迷って、焦って、助けられて。
でも、そんな小さな出来事の積み重ねが、旅を“自分のもの”にしていく気がします。

道に迷った瞬間から、旅が始まる。
そんなことを、あらためて感じた一日でした。

オアシスの街、ヒヴァを歩く

昨夜、トルクメニスタンの国境に近い街、ヒヴァに到着しました。

タシケントからウルゲンチまで飛行機で約2時間、そこからタクシーで約1時間。
ヒヴァは決してアクセスしやすい場所ではありませんが、その分、到着した時の喜びはひとしおです。

タシケントからウルゲンチへ

今回利用したのは、ウズベキスタンのエアライン「Silk Avia」。
初めての利用でしたが、2列×2列の小さな機体で、思いのほか快適なフライトでした。

追加荷物15kgのオプションをつけて、夕方18時発の便を選択。

ウルゲンチ空港はとても小さく、到着時は少し不安も。
「もし送迎が来ていなかったらどうしよう…」と思いながら到着口を出ると、ドライバーさんがネームプレートを掲げて待っていてくれてほっと一安心。

しかも、にこやかに「こんばんは」と日本語で迎えてくれて、その優しさが心に残りました。

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はじめて乗ったSilk Avia

イチャンカラの宿タクシーは暗い夜道をぐんぐん飛ばし、約1時間で宿に到着。

世界遺産の内城「イチャンカラ」の中にある家族経営の小さな宿です。
部屋は質素ですが、テラスからの眺めが最高。その景色に惹かれてこの宿を選びました。

朝食はパンやクレープ、ナッツ、チーズ、ぶどう、目玉焼きなど、テーブルいっぱいに並ぶ豪華さ。
食べきれないほどの量でした。

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朝日を浴びながらの朝食

 城壁に囲まれたオアシスの街

朝食後、観光に出発。
まずはヒヴァの西門「オタ・ダルヴァザ」で共通チケット(250,000スム、約3,075円)を購入。

ヒヴァは、古代ペルシャ時代からカラクム砂漠の出入り口として栄えたオアシス都市。
イスラームの聖都として、外敵を防ぐために城壁で囲まれた町でもあります。

イチャンカラの中には、モスク、メドレセ(神学校)、ミナレットが数多く残り、そのまま中世にタイムスリップしたかのような街並みが広がっています。

未完成の塔「カルタ・ミノル」

西門を入るとすぐ目に入るのが、建設途中で終わったカルタ・ミノル。
太くて背の低い姿が独特で、人気の撮影スポットになっています。

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未完成でも迫力のカルタ・ミノル

ムハンマド・アミン・ハン・メドレセ

もともとは神学校だった建物が、今はホテルとして使われています。
学びの場から旅人を迎える場所へ──そんな時の流れを感じます。

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かつてはメドレセ、今はホテル

クフナ・アルク(ハンの宮殿)

17世紀に建てられた宮殿で、かつては処刑場や練兵場もあったとか。
入り口左の小さな博物館には、当時の様子を描いた絵があり、思わず見入ってしまいました。

「いつの時代も、どの国にも、目を背けたくなる歴史がある」
そんなことを静かに考えさせられる場所です。

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処刑の様子の絵が並ぶ

イスラーム・ホジャ・ミナレット

ヒヴァで一番高いミナレット(約45m・118段)をもつ建物。

建設したのは、ヒヴァの近代化を進めた改革派の大臣、イスラーム・ホジャ。人気のあった彼は、保守派の反発を受け、最期は悲劇的な運命をたどったそうです。

登るには10万スム。最初は迷ったものの、夕方になって再び訪れ、思い切って登りました。

すれ違いも難しいほどの細く急な階段。閉所が苦手な私にはギリギリの挑戦でしたが、登りきった先に広がった夕暮れのヒヴァの街並みは、息をのむ美しさ。
「登ってよかった」と心から思える瞬間でした。

頂上は6〜7人でいっぱいになるほどの小さな空間。
安全性は日本の基準ならアウトなよう。

今の年齢、体力だからこそ挑戦できた気がします。もし定年後の旅だったら諦めていたかも。。

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頂上からの夕暮れ

パフラヴァン・マフムド廟

ヒヴァで特に心に残った場所。
共通チケット外で、入場料は30,000スム。
女性はスカーフ着用が求められます。

内部は一面の鮮やかなブルーのタイル。
まさにイスラム建築の真髄。聖職者がコーランを朗々と唱える声が響き、その音の美しさに心を奪われました。

祈りを捧げる人々の姿に、厳かで神聖な空気が漂っていました。

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神聖な祈りの場

ヒヴァの気候

10月半ばのヒヴァは、朝晩8〜9度、日中は20度を超える陽気。
昼は汗ばむほどでも、朝晩はしっかり冷えます。

朝食をしっかり食べると、あとはあまりお腹が空かず、夜はおにぎりと味噌汁で軽く済ませました。

ミナレットを眺めながら食べるおにぎりも、なかなか乙なものです。

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本日登ったミナレットを背景におにぎり(笑)

ヒヴァの街は、砂漠の中に静かに佇む時の止まったような世界遺産。

ゆっくりと歩いて、光や風、祈りの声に耳を傾けるだけで、遠い昔と今が静かに溶け合っていくような感覚を覚えます。

悠久の砦に吹く風


ウズベキスタン北西部のヒヴァ滞在中の一日を使って、郊外の古代遺跡群を巡りました。
乾いた風、遠くに霞む荒野、古代の城塞が呼ぶ静けさに触れました。

荒野へ向かうドライブ

ヒヴァの街を離れ、カラカルパクスタン共和国内の古代遺跡へ向かいます。

カラカクバクスタン共和国(Karakalpakstan)は、ウズベキスタンの北西部にあり、独自の憲法や議会を持つ自治地域です。

舗装がやや荒れた道が続き、人家はまばら。ぽつんと見える家畜や小さな集落に、「どんな暮らしをしているのだろう」と想像が膨らみます。

窓の外には、乾いた大地とまばらな草、ステップ気候の荒野が果てしなく続き、白く輝く綿花畑が点在。
風が車窓を抜け、砂埃の匂いが鼻をかすめます。

もし、ここで置いていかれたら生きていけないような、そんな心細い気持ちにもなります。

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車窓の風景

アヤズカラ:風に吹かれる楼閣

最初に訪れたアヤズカラは、紀元前4世紀から1世紀まで使われた古代ホラズム王朝の要塞です。
キャンプ地から15分ほど山を登ると、遺跡が姿を現しました。

ちなみに「カラ」とは、「城」「砦(とりで)」 を意味するそうです。
乾いた砂に溶けかけた要塞は、孤高の楼閣のよう。強い風が吹き荒び、眼下を見下ろすと立っているだけで、足がすくみます。

千年単位の時の流れの中で、自分の存在がこの広大な世界のほんの一部に過ぎないことを実感するひととき。

一方「自分が思う以上に、生きていけるのかもしれない」という不思議な生命力も湧きました。
悠久の時の流れと対峙する感覚が残ります。

入場料はかかりませんでした。

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アヤズカラ

トプラクカラとキジルカラ:古代の息づかい

トプラクカラは1世紀から3世紀に栄えた古代ホラズム王国の遺構。
四角い深い区分けがはっきり残り、かつての生活や信仰の形を想像させます。

ゾロアスター教の寺院もあったそうです。

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トプラクカラ

キジルカラは1〜4世紀に建造され、城壁の修復が進んでいるため比較的輪郭がはっきりしています。
訪れていたのはガイドに伴われたカップル一組のみで、静かな遺跡を独占する贅沢な時間が流れます。

自分の足音と、風の音だけが響く空間で時の流れに思いを馳せます。
トプラクカラ、キジルカラそれぞれの入場料は2万スムでした。

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キジルカラ

ドライバーさんとメロン

運転を依頼したドライバーさんとは言葉は通じませんが、ジェスチャーと翻訳アプリでかろうじて意思は通じました。
少々荒っぽさはあるものの、無口で運転に徹する姿は誠実そのもの。

帰り道、市場の前で車を止め、「少し待って」と指を立てて降りた彼が戻ると、大きなメロンを二つ抱えていました。

家族へのおみやげでしょう。
売り手のおばさんに一切れカットしてもらったメロンは、ほのかな甘さが心にしみました。

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立ち寄った市場でメロンを吟味

一人旅の孤独と自由

トプラクカラでは、日本の団体ツアーの方々と合流。ガイドさんの丁寧な説明もあり、添乗員さんが危ない箇所は注意してくれ、皆さんで写真を撮ったり楽しそうです。

一方、一人旅の私。
21年以上勤務した仕事を早期退職したことと、一人旅の孤独が重なります。

まさにこの旅の道中、元同僚から「辞めなくていいのに」「もったいない」との声も届きました。
続けていれば安定、安心がほぼ保証されていました。

しかし、何年も悩んだ末、結局飛び出してしまった自分。
荒野に一人佇む自分の旅と、安定を手放した自分の人生がどこか重なり、乾いた風に吹かれていました。

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見渡す限りの草原を見下ろす

名物料理シュヴィト•オシュを食す

6時間半のロングドライブを終え、宿で一休みしたあと、レストランに出向き、ヒヴァ名物シュヴィト•オシュを注文。

緑色の麺には香草が練り込まれ、ヨーグルトソースをかけるとまろやかに。
上にのったジャガイモとお肉も優しい味で、旅の疲れをゆっくり溶かしてくれました。

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シュヴィト•オシュ

食後、ふと窓の外を見ると、クフナアルクの上に人影が見えました。

夕暮れ時、私も登ってみると、イチャン・カラ(内城)の街並みがオレンジ色の光に染まっています。
世界中の旅行者がカメラを向ける風景。

ヒヴァの街並みを心ゆくまで味わいました。

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クフナアルクの見張り台からの夕焼け
 

まもなくヒヴァを後にして、別の街に向かいます。