ウズベキスタンの旅④ サマルカンドの饗宴・タシケントで合気道

世界文化遺産都市、サマルカンドの街を歩きました。

聖地へ向かう朝

宿からシャーヒジンダ廟へ向かう途中には、観光地とは違う生活の風景が広がっていました。

家々の扉の奥には中庭があり、そこで家族の日常が営まれています。
道路脇の溝にそのまま排水が流れていく様子も見えて、異国の日常に触れながら進みました。

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サマルカンドの住宅街を歩く

「生ける王」が眠る聖地:シャーヒジンダ廟群

シャーヒジンダ廟群は、サマルカンドの巡礼地。
「生ける王」という名前の由来は、預言者ムハンマドのいとこ クサム・イブン・アッバースにまつわる伝説に基づきます。

7世紀、クサムはサマルカンドにイスラムを伝えましたが、異教徒に斬首されたと言われています。
しかし、彼は自らの首を手に井戸へ入り、永遠に生き続けていると信じられてきました。

そのため、巡礼者が集まり霊廟が建ち並ぶようになったのだそうです。

11〜15世紀にかけて建設された廟群は、ティムール帝国ゆかりの人々も眠る場所。
青いタイルで美しく飾られた廟が連なり、まさに「青の都」を体現しています。

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美しい廟が連なる

圧倒的スケール:ビビハニム・モスク

次に向かったのは ビビハニム・モスク。
ティムール帝国の創始者アミール・ティムールが、妻ビビハニムのために建てた巨大モスクです。

ティムールはインド遠征から持ち帰った資材や資金、さらには象までも投入して建設を進め、
当時のイスラム世界で最大級の規模を誇ったそうです。

しかし工期が短く、完成後すぐ崩落や補修が繰り返されたという歴史もあります。
大地震で崩壊した後、1970年代から修復が進められています。

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とにかく巨大なビビハニム•モスク
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ビビハニム•モスクの内部

中庭にある大理石の書見台は、かつて世界最古のコーランが置かれていたと言われています。

願い事をしながら3周すると、願いが叶うそうなのでやってみました。

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巨大な書見台

バザールに息づく暮らし

ビビハニム・モスクの近くには シヨブバザールがあります。
手前は観光エリアですが、奥に入ると生活の匂いが濃くなっていく感じ。

同じ市場でも空気が変わるのが面白いです。

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シヨブバザールの入り口
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奥の方が生活感がありました

ウルグべク天文台

Yandex(配車アプリ)で移動し、ウルグべク天文台へ。
ここは、ティムールの孫 ウルグ・ベクが自ら観測を行った場所です。

1420年代に建設され、望遠鏡がなかった時代に
半径約40mの巨大な6分儀を使って星を観測していたといいます。

特に驚いたのは、1年の長さを現在の値と1分未満の誤差で算出していたこと。

政治的な運命に翻弄され、彼は悲劇的な最期を迎えますが、学問に人生を注いだその姿勢は今でも尊敬され続けています。

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ウルグべく天文台

地元のバスに乗ってみる

帰りにYandexの乗り場が分からず、もと来た方向に進むバスに乗ってみることにしました。

支払いはVISAカードのタッチ決済が可能ですが、うっかり2回タッチしてしまい…しっかり2回決済。でもそれぞれ2030スム(約26円)でした。

メジャーな観光地の入場料が5万スム、7万5000スムと外国人価格なのに対し、これが現地の生活コストなのだと感じました。
ちなみにバザールで購入した炭酸水500mlも2000スムでした。

レギスタン広場の夕暮れ

サマルカンドといえばここ、という象徴的な場所がレギタンス広場。
17時過ぎに到着。
中に入るのは明日にして、外から眺めましたが、外から見るだけでもその美しさに息を呑みました。

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夕暮れのレギスタン広場

静かに眠る:アミール・ティムール廟

続いてティムール廟へ。
ティムールの墓石は黒緑色の翡翠でできていて、内部は想像以上に豪華。

内部を覆う文様には金も使われているそうです。
権利者の栄華を象徴する建築美に圧倒されました。

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ティムール廟内部はとても豪華!

光と音楽の饗宴

いったん宿へ戻り充電と軽食。再びレギスタンへと向かうと、観光案内所の方が言っていた20時からのショーはなかなか始まらず…。

自撮りしていたら、近くにいた男の子が写真を撮ってくれました。
旅先の優しさが、何よりうれしい瞬間です。

そして20時30分、突然始まったライトアップショー。

「サーマルカンド!サーマルカンド!」という軽快な音楽とともに、色鮮やかに照らされるレギスタン広場。
華やかに夜は更けていきました。

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華やかな光と音楽の饗宴!

信仰と歴史、学問と生活、人の優しさ。
そのすべてが混ざり合ったサマルカンドの一日でした。

サマルカンドで歴史に思いを馳せる

若き旅人との出会い

2025年10月、ウズベキスタンの旅の記録です。引き続きサマルカンドに滞在しています。

宿の朝食の時間に、20代の日本人女性と同席しました。
サマルカンドからブハラへ日帰りしたり、ドミトリーに泊まったり、夜行列車で移動してきたそう。

その逞しさに感心しつつ、「私の年齢になると、そういう旅はもう難しいな」と。
若さがまぶしい朝でした。

レギスタン広場へ──学問と信仰の象徴

昨日は外から眺めただけのレギスタン広場。
今日は3つのメドレセ(神学校)を一つずつ見学しました。

ウルグベク・メドレセ(1420年頃完成)

左側にある一番古いマドラサで、建設者はティムールの孫、ウルグ・ベク。
王でありながら天文学者でもあり、宗教と科学を結びつけた先駆者でした。

入り口には、彼の趣向を反映した星の文様が並んでいます。
現在のメドレセ内には、タイルや洋服などのお土産物屋さんが並んでいます。

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向かって右側がウルグベク•メドレセ
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星の文様とウルグベク•メドレセの碑

シェルドル•メドレセ(1636年完成)

中央のレギスタン広場を挟み、向かって右に建つのが「虎のメドレセ」。
シェルドルとは、タジク語でライオンを意味し、正面には虎に見えるライオンと太陽の顔をもつ人のモチーフが描かれています。

イスラームでは、偶像崇拝を禁じており、動物や人物を描くことは稀なので、これは極めて珍しい例。
その大胆なデザインが目を奪います。

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上部に虎に見えるライオンと人の顔が描かれています

 ティラカリ•メドレセ(1660年完成)

レギタンス広場の中央に位置する「金箔されたメドレセ」。
その名の通り、内部のモスクには金箔の礼拝所。

サマルカンドの主要な礼拝所として使用されていたそうです。
金箔された豪華な内装はまさに目もくらむばかりでした。

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ティラカリ•メドレセの豪華な内部

修復作業中の方たちが、命綱もない簡素な足場で高所作業しているのを見て、「どうかご安全に」と見守りました。
見えない努力の上に、この美が保たれているのだと実感します。

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高所での修復作業、どうかご安全に

アフラシャブ博物館へ

午後、少し宿でお昼寝をしてからアフラシャブ博物館へ。
ここは、イスラーム以前の古代都市「アフラシャブ(旧サマルカンド)」の遺跡地に建つ博物館です。

見どころは、7世紀のアフラシャブ壁画。
1965年に発見され、当時の王の宮殿を飾っていたものだそう。壁には中国の使節団、インドの使者、神々の姿、宴の風景などが描かれており、
サマルカンドが多文化の交差点だったことを伝えています。

各国語に翻訳された壁画の紹介ビデオには、日本語のものもあります。

ただ、一階のビデオホールは、大人数で来られたツアーの方優先になるので、私だけのために日本語を流してもらうことは難しく、多数派に負けて、イタリア語、英語と2回見ることになりました。

この後、偶然2階で日本人の個人旅行者がビデオ視聴されていたのでご一緒し、結果的に3回視聴しました。

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アフラシャブ壁画
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ゾロアスター教の遺跡

古代のロマンと静かな夕食

夕方、博物館の裏から遺跡発掘現場の丘を歩いて、サマルカンドの夕日を眺めました。
紀元前からの遠い時代の人々の営みに思いを馳せます。

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遺跡発掘現場から見たサマルカンドの夕日

帰り道、google mapで高評価がつけられていたメインストリートを外れた小さなスープ屋へ。
ノンと優しい味のスープ、お茶。主のおじさんがそっと運んでくれました。

家庭的な雰囲気の中、時が止まったような静かな夜を過ごしました。

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家庭的な雰囲気の中、優しい味が沁みました

夜、再びレギスタン広場のライトアップを見にい行きました。
すると、朝、宿で話をした日本人女性と再会、日本語を勉強中のウズベク人男性と一緒に3人で楽しくおしゃべりしました。

旅の偶然の出会いが、サマルカンドでの最後の夜を優しく満たしてくれました。

タシケントで合気道‼️

サマルカンドからタシケントへ鉄道で移動しました。

シャルク号でタシケントへ

朝6時過ぎに宿を出発し、配車アプリYandexでサマルカンド駅に向かいました。
宿の方がランチパックを用意してくださっていて、その優しさが嬉しかったです。

今回乗車したのは、シャルク号。
旧ソ連時代の車両には独特の重厚感があります。

ホームと車両の間には段差がかなりあり、駅員さんが荷物を上げるのを手伝ってくれました。
4時間弱乗り、12時ごろタシケント駅に到着。

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シャルク号でタシケントへ

タシケント駅到着後、Yandexでウズベキスタン到着初日と同じ宿へ戻りました。
今回は2階の部屋で、天井が高く、より広々として快適な空間でした。

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開放感のあるゲストハウス

午後のひととき

宿に預けていたリュックを受け取り、昼食に出かけました。
評判のシャシリク屋でマトンとビーフを一本ずつ注文。

サラダには香草がたっぷり使われていて、とても風味豊かでした。
2本でお腹いっぱいです。

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ボリュームたっぷり美味しいシャシリク

食後はスーパーをのぞきながら、静かな街を散策しました。

通りで「アッサラーム・アレイコム」とおばさまに声をかけたら、とびきりの笑顔で挨拶を返してくれました。
こういう何気ないひとときが嬉しいです。

いよいよ稽古へ

宿に戻り、夜の合気道の稽古に向けて準備をしました。
タシケントでの合気道の稽古は、私が「ぜひ」とお願いしていろいろな方に助けて頂き実現したものです。

着替えを部屋で済ませて、道着にライトダウンを羽織り、Yandexで道場へ向かいます。
異国の地で稽古をするという非日常に、緊張と高揚感が入り混じっていました。

タシケントの道場で

代表のラシド先生は、ご病気療養中とのことで、この日は代わりにエルキン先生が指導を担当されました。

子どもたちの稽古が終わった後、思いがけず私も前半一部の指導を担当させて頂くことになりました。
体操、受け身、足捌き、正面打一教、片手取四方投げ、正面打入身投げなどを中心に稽古しました。

いつも通りの動きのはずなのに、異国の空気の中ではすべてが新鮮に感じられました。

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タシケントの合気道道場

言葉を超えて

途中、慣れない動きもあり戸惑うことも有りましたが、エルキン先生が丁寧に動きを教えてくださいました。
今回日本から人が来ると聞いて、他の道場からも集まってくださっていたそうです。

ウズベク語やロシア語はおろか、英語もたどたどしい私ですが、「やれることをやるしかない」という気持ちで臨みました。
言葉を超えて、技と心でつながる時間でした。

正面打一教の稽古

忘れられない夜

稽古のあと、先生方をはじめ参加者の皆さんと食事をご一緒し、車で宿まで送っていただきました。

稽古中、ウズベキスタンで稽古をしている自分が、まるで夢の中にいるようだと感じることがありました。
エルキン先生をはじめ皆さんに温かく受け入れて頂き、人生の中でも、忘れられない一日になりました。

合気道がつないでくれた縁

翌日、稽古に参加されていたJICA青年海外協力隊で活動中の方に、タシケント中心部を案内していただきました。
素敵なカフェで、活動のこと、ウズベキスタンでの暮らしや文化について、たくさんお話を聞かせていただきました。

旅をしているだけでは見えてこない現地のリアルな話。
とてもありがたい時間でした。

合気道がつないでくれたご縁に、心から感謝しています。

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ご案内いただいた素敵なカフェ

タシケントでは、合気道を通じて忘れがたい時間を過ごさせて頂きました。
お世話になった先生、道場の皆様に心から感謝しています。